目の病気「ベーチェット病」

ベーチェット病は全身の諸臓器に急性の炎症を繰り返す原因不明の難治性炎症性疾患です。この病は1937年に、トルコのベーチェット教授が、世界的に初めて報告したものです。しかしながら、ベーチェット病らしき病気は、紀元前5世紀には、古代ギリシャの医聖、ヒポクラテス(Hippocrates)により記載されており、また、紀元後200年には、中国の漢方医師、張仲景により、「傷寒雑病論」に“狐惑病”として記載されています。そのため、本病の歴史は大変古く、それが20世紀に入って初めてベーチェットにより体系的にまとめられ、彼の名前に因んで「ベーチェット病」と名付けられたのです。本病は、人種を越えて、ヒトの主要組織適合抗原であるHLA(human leukocyte antigen)の特定のタイプ、HLA-B51抗原と顕著に相関しており、特定の内的遺伝素因のもとに何らかの外的環境要因が働いて発症する多因子疾患と考えられています。

HLAとはヒトの主要組織適合抗原(MHC:major histocompatibility complex)のことで、赤血球、精子を除くほぼすべての細胞の細胞膜に発現している膜結合型蛋白質です。もともとはマウスの移植実験において、ドナーとレシピエント間で型を一致させると移植成績を著明に改善させる一連の抗原系として発見されたものです。HLAは類いまれなる高度な遺伝的多型性(個人差)を示し、自己の標識として、自己(自分:自己抗原)と非自己(他人、他の生物:外来抗原)の識別という免疫学的に大変重要な役割を担っています。したがって、HLAの多型(個人差)が外来抗原ペプチドに対する免疫応答の個人差を決定する遺伝要因となり、各疾患に対する感受性(かかりやすさ)を規定していることが示唆されています。
 ベーチェット病では、どの民族の患者群においてもHLA-B抗原の1つの型(タイプ)であるHLA-B51抗原が顕著に増加しています(表1)。HLA-B抗原は、現在までに遺伝的に600種類以上ものタイプが報告されていますが、本病患者ではその中の特定のタイプ、すなわちHLA-B51抗原が顕著に増加しています。興味深いことに、HLA-B51抗原とアミノ酸配列が2箇所しか異なっていないHLA-B52抗原は、本病患者群ではまったく増加していません。したがって、このHLA-B51分子特異的な2箇所のアミノ酸(63番目のアスパラギンと67番目のフェニルアラニン)が本病発症に重要な役割を担っているという仮説が提唱されています。

ベーチェット病はシルクロード周辺諸国に多発する疾患であり、患者群では、これらのどの民族においてもHLA-B51抗原頻度が50~70%であり、健常群の10~30%と比べて顕著に上昇しています。しかしながら、健常群の10~30%のHLA-B51抗原陽性者といいますと、各民族で数百万~数千万人単位のHLA-B51抗原陽性者が存在していることであり、それにもかかわらず、本病患者は高々数万人程度しか存在しません。すなわち、HLA-B51抗原陽性者のほんの一部の人のみが、ベーチェット病を発症していることになります。このことは、本病発症に何らかの外的環境因子の関与やHLA-B51以外の他の内的遺伝因子の関与を示唆しています。前述しましたように、カリフォルニアやハワイやブラジルに居住の日系二世、日系三世に本病患者がほとんどみられないことを考え合わせますと、本病発症には何らかの外的環境因子が関与している可能性は高いといえます。
 ベーチェット病の命名者であるBehçet教授は、本病の外的環境因子として、ウイルスをあげています。その後、単純ヘルペスウイルスの関与が提唱された時期もありました(ウイルス説)。また、我が国のベーチェット病は、第二次大戦後、ことに昭和35年頃より急増しており、農薬使用量の増加や環境汚染と時期が一致していたことから、微量化学物質による環境汚染説も提唱されました。その他、免疫異常説、細菌感染・アレルギー説などが提唱されました。近年、歯科治療(抜歯)後や扁桃炎後、本病が悪化したとの報告があり、これには口腔内に常在する連鎖球菌の一種であるStreptococcus sanguisが直接関与しているという仮説が提唱されました。この仮説では、免疫原性があり、系統発生学的に種を越えてよく保存されているHSP(heat shock protein:熱ショック蛋白質)が注目され、細菌由来のHSP65とヒトミトコンドリア由来のHSP60に類似したペプチドが存在しているため、リンパ球(T細胞)が誤って交叉反応を起こしてしまうという分子擬態説(molecular mimicry説)が提唱されました。しかしながら、これらのどの仮説も、いまだ確固たるエビデンスが得られておらず、本病の外的要因に関してはほとんど分かっておりません。